温良恭倹譲 - 渡邉祐人の座右の銘です

座右の銘ってあるじゃないですか。

過去の偉人が凄そうな事言って、周りの人間がおぉーってなって現代まで受け継がれてきている多くの単語の中で、なんか自分に合っててそれっぽいなぁーって言うのを勝手に言いふらすことを言います。

 

私の座右の銘は「温良恭倹譲」です。おんりょうきょうけんじょう って読みます。

 

どんな意味があると思いますか?

 

 


温良恭倹譲の言葉の意味は?

この言葉は、大昔の中国にいた孔子さんというお偉い方が言ったことや行ったことのすべてを、ことこまかにストーキングして書かれた本の中にある単語です。本のタイトルは「論語」と言います。

 

意味は

おだやかで、素直で、つつましく、うやうやしく、ひかえめな態度 という意味です。

 

最後の譲を抜いて温良恭倹だけでも同じ意味の言葉として使われます。どこで切るか悩んだ結果の産物です。

 

 


何故この言葉が座右の銘なのか

この言葉を座右の銘とした理由。それはかっこいいからです。

故事成語の勉強をしていた中学生時代、この言葉に出会いました。なんかかっけぇ… 中二病を患っていた私はこの言葉がとてもキラキラして見えました。

意味も知らず、ただこの言葉のカッコよさと発音の響きを善としたのです。

 

そして中二病の治療が始まる頃、だいたいの男子はこういうのを忘れて新たな座右の銘を模索しだすのですが、わたしは捨てきる事ができませんでした。

 

何故か。

それは、この言葉の意味が自分自身の性格と真逆だからです。

 

 

自分の性格を客観視したことがありますか?私はそれがクソガキの時から得意でした。自分がどう見られていて、こうしてやろう。というのを考える事ができていたのです。

 

そうして自分をスキャンした時、穏やかでもないし、嘘は平気でつくし、図々しいし、出しゃばりだし、なによりねちっこくてウザいです。そのくせ我というものが無くて、努力は続かない。

少し道を外れれば自称プログラマーの引きこもりニートになりかねないような。そんな感じなのです。

 

 

 


自分がより人生を華やかに、楽しく生きる為には温良恭倹譲であるべきだと私は考えました。これは万人に当てはまる事なのかもしれませんが、基本を大切にしないと応用はできません。それに、調子こいてやった結果成功する例もありますので、一概に何が正解かを考えるのは野暮ですね。

 

ただ、自分の温良恭倹譲からはかけ離れた素の状態で、いろいろなものを失っている気がします。

例えば友達。彼女。お仕事。様々な機会やめぐりあわせを無碍にし、御縁の糸を裁ちばさみでばっさばっさ切ってしまっている自分がいるのです。

 

だから、温良恭倹譲を胸においておく必要があると思いました。

という、中身があるのか無いのかわからないお話でした。